権限委譲における第一のデメリットは、権限を委譲された側が常に最適な意思決定を行って、最適に対処できるとは限らないと言うことです。そこには、二つの側面があります。それは、能力的側面と個人利害的側面です。
判断力に乏しいがために適切な意思決定が出来ない、あるいは、仕事を管理したり、問題を解決したりする能力、さらには、コミュニケーション能力などが一定レベルに達していないがために、与えられた経営資源を有効に活用できない、もしくは、適切な対処方法を考え出すことができない、というのが能力的側面に起因するデメリットです。
そして、個人的利害の面に目を向けると、「結果責任」を回避するために、全社的見地から望ましくないような意思決定をしてしまう懸念もあります。例えば、コストダウンをミッションとしている部下が、品質を犠牲にしてまでもコストダウンを優先させてしまうというようなケースが該当します。自分の評価を優先して、都合の悪い情報は上司に上げないとすれば、全体最適が損なわれることになります。「結果責任」は多くの場合、人事考課によって判定されますから、評価制度が極度に個人の成果を求めるような設計になっていると、往々にしてこうした部分最適が起こりやすくなります。
デメリットの第二は、職務性質に起因する問題です。権限の委譲が必ずしも最適な判断や適切な職務遂行をもたらさないどころか、判断の誤りが大きな事故を招くような仕事というのもあります。例えば、医療の現場、建設現場、製造現場などにおいては、集権的な意思決定、つまり、基幹職務に関しては権限の大半を組織の上部に留めておき、現場は客観的なルールに従って職務を遂行する方が、人命などに対する危険を回避しやすいと考えられます。もちろん、安全を優先するための権限、例えば、危険を感じたら直ぐに機械を止める権限などは委譲されているべきです。
権限委譲にあたって、上司はこれらのデメリットをも考慮する必要があります。能力的側面においては、ミーティングや報告書などを通じて問題点を極力早期に把握し、不足点について指導していくべきです。任せたからと言って、それは報告を聞かなくても良いということではありません。他方、結果が伴わなかったことを理由に直ちに権限を取り上げてしまうことは、上司のマネジメント行動として問題があります。仕事というのは失敗を繰り返しながら覚えていくことが多いのですから、「できないからやらせない」という姿勢では部下が育ちません。部下の多少の失敗には目をつぶり、ぐっとこらえることも上司として必要な態度なのです。また、失敗する都度、権限を取り上げていると、そのことを部下が職務遂行上の予測に折りこんでしまい、判断を萎縮させてしまいかねません。
個人的利害優先の問題に関しては、組織全体としてのミッションやビジョンなどを伝える機会を多く持つことで全体最適を説いて行くべきでしょう。
職務性質上の問題については、一上司として判断する問題というよりも、組織の規定に従えばよい問題だと思われます。
さて、「権限と責任一致の原則」について長々と書いてきましたが、この問題に関して上司として必要な行動は次のようにまとめられます。
- 高い成果を求めるならばそれに見合った権限を委譲すること
- 部下の現有能力よりも少し高いレベルの権限を委譲すること
- 任せているのだと言うことを意識させること
- 責任を部下に押しつけるのではなく、上司として責任を負うことを伝えること、また、その覚悟を持つこと
- 部下の仕事ぶりは常に把握し、必要に応じて教育指導すること
- 組織全体としてのミッション・ビジョンを示すこと
- 多少の失敗には寛容であること
(初回掲載 2010/04/18)