著名な経営学者であるバーナードは、組織の成立要因として「共通の目的」、「貢献意欲」と共に「コミュニケーション」を挙げています。コミュニケーションが重要であるという認識は、多くの組織人に共通した考え方であると思われます。会社や職場における問題の多くがコミュニケーションの齟齬に起因していることが多いためでしょうか。
私は、研修の中で演習として問題構造の分析を受講者にやってもらうことがあります。今、うまくいっていない問題があって、なぜ、そのような問題が生じるのか、原因を徹底的に洗い出していくと言うものです。分析対象となるテーマは、受講者自ら設定してもらうことが多いのですが、要因分析を行うと、どんなテーマであっても、数多くの要因の中に必ずと言ってよいほどコミュニケーション不足と言う要素が挙げられます。しかも、列挙された要因の中で優先的に取り組むべき事項を選んでもらうと、やはり、コミュニケーションのあり方を改善することを挙げるチームが多いのです。とはいえ、では、どのようにコミュニケーションを改善すればよいのかとなると、なかなか、答えを見いだせないことがほとんどであり、このことが、コミュニケーション改善は、あたかも永遠のテーマであるかのように認識される所以なのかもしれません。
さて、ことほどさように、組織においてコミュニケーションが重視されるのはなぜでしょう。コミュニケーションが必要な理由には様々なことが挙げられますが、ここでは、コミュニケーションが良好である場合に得られる効果という観点で整理してみましょう。
依頼、指示命令、説明、連絡、報告、相談、質問、要望、指導、説得、注意、雑談、感謝、承認・・・。
多くの仕事において、コミュニケーションを表す表現は実に多数あります。
組織内におけるコミュニケーションとはどのようなものがあり、どのような効果があるのでしょうか。職場におけるコミュニケーションは、次の3つの種類に整理できそうです。
業務的コミュニケーション
組織においては、階層間や部門間に情報や知識の偏在という現象が生じがちです。迅速な戦略的意思決定のためには、現場の状況を早く正確に上層部へ上げていくことが必要でしょうし、製品・サービスの開発・改良のためには顧客ニーズの変化を開発部門へ適切に伝えていくことが必要でしょう。よって、組織業績向上のためには階層間、部門間における顧客ニーズや競合情報の遅滞のない共有が重要です。また、チーム内においても上司や先輩からの指示命令、同僚や他部門からの依頼ごと、あなたからの連絡や報告、状況の説明、疑問点の確認や質問、業務分担の調整、顧客や市場に対する情報発信などもあります。言ってみれば、これらのコミュニケーションは業務的なコミュニケーションです。業務的コミュニケーションをしっかり行っていることが業務成果を高めるための前提となることは言うまでもありません。
指導的コミュニケーション
業務的コミュニケーション以外にも大事なコミュニケーションはあります。部下に対して方針を示す、指導・助言する、他者の仕事ぶりに感想を言ったり評価をしたりする、時には注意したり、叱責したりする、説得することもあれば、ノウハウを共有することもあるでしょう。これらは、指導的コミュニケーションと言えます。人材の育成はコミュニケーションがベースとなります。
情緒的コミュニケーション
さらに、雑談を交わす、共感を示す、褒めてあげる、相手に感謝する、困りごとを相談する、飲み会などで交流する、といったこともありますね。これらは、情緒的コミュニケーションであり、仲間意識や帰属意識、チームワークの醸成、良好な風土の形成につながることが期待されます。
つまり、業務成果を高めたり、人を育てたり、良好な人間関係や職場風土を形成したりするためにはコミュニケーションが重要なのだと言うことですね。皆さんの職場では、これら3種類のコミュニケーションがそれぞれ適切にとられているでしょうか。業務的コミュニケーションはある程度行っているが、情緒的コミュニケーションがほとんどなければ、合理性に偏ったチームになっている可能性がありますし、人間関係ばかりを重視して業務的コミュニケーションが不足していれば合意性配慮に偏ったマネジメント不足の状態になっているのかもしれません。
もちろん、業務的コミュニケーションは当然ながら優先度の高いものですが、それでも、実態としては不十分だという職場は多いことでしょう。また、近年は、業務量の増大の一方で働き方改革も進めなければならず、時間的コストが増大していることによって指導的コミュニケーションの優先度が低下してはいないでしょうか。さらに、新型コロナウィルスの感染拡大は、ソーシャルディスタンスの確保、テレワークの拡大などを通じて情緒的コミュニケーションの量を大幅に減少させることになってしまいました。
業務的コミュニケーションのみならず、職場での指導的コミュニケーションによって人材育成を促進し、情緒的コミュニケーションによるつながりを取り戻す必要があります。 (初回掲載 2021/9/27 補筆2023/04/10))