1.どのような要素が職務上の強い満足や強い不満につながるのか
2011年、インテレッジではビジネスパーソンのモチベーション調査を行いました。目的は、企業や自治体等の組織における種々のモチベーション向上策としての制度設計や仕組みの改善に活かしていくことと、経営者や管理職のリーダーシップ改善に反映させていくことです。個人的には、半世紀前に発表されたハーズバーグによる衛生理論が今日においても組織マネジメントに適合的であると言えるのか、変化があるとすればどの要因にそれが認められるのか、と言ったことに関心がありました。また、例えば「承認」と言った要素は「外部承認」と「内部承認」に分けて、あるいは、年齢や性別、職種と言った属性ごとの違いについても調査してみたいと考えていました。
調査対象は基本的には私の研修(モチベーション要素が関連したもの)を受講していただいた方としましたので、母集団としては勤務先組織の規模や居住地、性別、年齢などの属性の偏りが否めませんが、それでもある程度普遍性のある結果が得られたのではないかと考えています。
まず、全体的な結果をご覧いただきましょう。
各要素への同意率が高めになっていることと、要素間の順位に多少の入れ替わりがあることを除けば、ハーズバーグの調査結果と際だった違いはありません。このことは、半世紀という時代の変遷がありながらも、衛生理論には普遍性が認められることを意味していると言って良いでしょう。また、動機づけ要因と衛生要因に属するそれぞれの要素は、奇妙なほどハーズバーグの調査と一致しております(今回の調査では「組織の方針と管理」に該当する要素は省略)。しかし、各要素への同意率が全体的に高めであるにも関わらず、「昇進」については同意率がかなり低くなっています。「昇進」は、かろうじて動機づけ要因*として踏みとどまっているものの、モチベーション源泉としてはかなり効力が弱まっていると言えそうです。「承認」については、「外部承認(お客様から感謝されるなど)」と「内部承認(上司から認められるなど)」に分けて調査しましたが、前者が67%で後者が35%と大きな違いが明確になりました。
一方、衛生要因**については、「職場の人間関係」が他の要素を大きく引き離しています。 さらに、モチベーションの主たる源泉であったはずの「昇給」についても、職務満足に対する影響が軽微であることを示しています。
今回の結果から次のようなことが言えます。
モチベーションを向上・維持するためには・・・
- 職務設計においては、効果性や効率性の追求のみならず、働く側にとって仕事そのものをおもしろくしていく発想が必要である
- 仕事にはある程度の困難さを伴っていることが望ましい(簡単な仕事では「達成感」が得られない)
- 「顧客(利用者)満足」は経営上の重要な課題であるにとどまらず、「従業員満足」にも大きく影響する
- 顧客(利用者)からの声は従業員間において共有できる仕組みが必要である
- 業務遂行の合理性や成果にばかりとらわれて、職場の人間関係を軽視してはいけない
*当該要因が満たされている時の強い満足度が、当該要因が満たされない時の強い不満を上回っているものを動機づけ要因とした。
**当該要因が満たされている時の強い満足度が、当該要因が満たされない時の強い不満を下回っているものを衛生要因とした。
2.世代別に見たモチベーション源泉
今回は、モチベーション源泉に対する世代別の捉え方の違いを見てみましょう。
20歳代の回答者は少なめでしたので統計的に有意と断定できませんが、今回の調査では世代別の違い、特に20代とその他の世代の違いが浮き彫りになりました。
世代間比較において回答比率に有意な差が出ていると判断できる部分の色を変えてあります。このデータから次のようなことが言えます。
- 「達成感」はいずれの世代でも1位であり、普遍性の高いモチベーション源泉である
- 「外部承認」(顧客、利用者から感謝される)は全体的に大きなモチベーション源泉となっているが、若い世代はそれよりも「仕事のおもしろさ」にやりがいを感じる
- 「人間関係」は衛生要因であるものの、いずれの世代においても重要な関心事である
- 「内部承認」(上司から評価されるなど)に働きがいを見いだすのは、どちらかと言えば若い世代
- 「困難の克服」にやりがいを見いだすことに関しては、比率的に世代間の差がないが、20代では「難易度の高い仕事を任される」機会そのものが、他世代に比べるとやりがいにつながる(そもそも難度の高い仕事を任される機会が他世代に比べると少ないと考えられる)
- 「意見の採用」はいずれの世代においても同順位であるが、20代ではやや高めになっている
- 「社会貢献」はよく言われる自己実現欲求のひとつであるが、実際には若い世代ではモチベーション源泉として必ずしも強くない。これは、むしろ、世代が上がるにつれて大きなモチベーション源泉となっていく
- 反対に若い世代では「成長感」が大きなモチベーション源泉である(全体順位と大きく異なることに注意)
- 「職場環境」(ハード面の快適さなど)は衛生要因であるが、20代においては注目度が高い
- 「昇給」は全体的に低めの同意率であるが、若い世代の方が関心が高い
- 「昇進」はいずれの世代でもモチベーション源泉として最も弱い
研修の中で「上司の何が部下を動かすのか」ということについて考えられる要素を受講生に挙げていただくと、”(部下から見て)自分を信頼してくれること”という意見がよく出てきます。今回の調査項目の中では、「内部承認」、「意見の採用」、「上司からの相談」、「難易度の高い仕事を任される」といった項目が”信頼”に関わる要素です。「内部承認」と「意見の採用」以外は全体的に同意率が低めですが、「内部承認」、「意見の採用」、「難易度の高い仕事~」について見ると、20代では他世代より高めになっており、信頼を置くことのモチベーション向上効果は、特に若い世代に対して高いということが言えそうです。
3.性別に見たモチベーション源泉
ここからは、モチベーション源泉に対する性別の捉え方の違いを見てみましょう。
女性の回答者は12%と少なめでしたので、やはり、このデータも偏りのあるものではあります(私が担当させていただく研修の多くは管理職向けですが、これは、いかに女性の管理職への登用比率が低いかを示している事実でもあります)。しかし、世代別の相違ほど顕著ではないものの、多少捉え方の違いが見て取れます。
男女比較において回答比率に有意な差が出ていると判断できる部分の色を変えてあります。
「達成感」は男女とも関心の高い要素ですが、女性はお客様から喜ばれるなど、「外部承認」の方が強い満足を感じるようです。
「仕事のおもしろさ」と「職場の人間関係」は、男女とも同順位ですが、女性の方が重視している比率が高くなっています。(ちなみに、クロス分析の結果、「難易度の高い仕事任される」ことに強い満足を感じる人では、「仕事のおもしろさ」に強い満足を感じる人の比率が全体の比率よりも高くなっていました。この比率は、男性の64%に対して女性は77%です。)
そのほか、「困難の克服」と「成長感」が男性よりも女性の方が満足度を感じる割合と順位が高いという結果が得られました。「難易度の高い仕事を任される」は男女とも低めではあります。やはり面倒な仕事は極力避けたいと考えるのは自然なことでしょう。しかし、実際に難易度の高い仕事を任された結果として、困難を克服できればそれは達成感につながることになると考えられるのです。
これらのことから、女性社員のモチベーションを高めていくためには次のようなことをマネジメントに取り入れていくことが必要と考えられます。
- 顧客からの評価や感謝の声を伝えること
これは、当該社員への評価はもちろんのこと、これまでの組織全体としての顧客への役立ちという情報として、お客様から感謝された経験や事実を伝えることも必要です。 - 高いレベルの仕事を任せてフォローする
職場にもよるでしょうが、女性の職務は補助的で定型的なものが多いことが珍しくありません。時には、いくらか難しい仕事を担当してもらい、その職務遂行ノウハウを適切に伝えると共に、困難な場面に直面した場合には必要なコーチングを行います。困難の克服は、結果的に「成長感」に結びつくでしょう。
なお、いきなり仕事の分担を変更しようとすると、難しいことをさせられる抵抗感が生まれることがありますので、なぜその仕事を担当しなければならないのか、仕事の意義をきちんと伝えることが重要です。 - 絶対的能力の高さだけでなく相対的な伸張度を認める
仮にその部下の職務遂行レベルがあまり高くない状況であったとしても、成長している事実があるならばそれを認め、評価を本人に伝えていくことが重要です。さもなければ、職場の中で積極的な肯定を受ける機会が不足し、そのことは、むしろ意欲の低下をもたらす可能性があります。 - 職場の人間関係の状況を把握する
「職場の人間関係」は強い満足、強い不満足の双方に対する影響の大きい要素です。人間関係が良くない場合、完全な解決は難しいものの、うまく行っていない原因をある程度特定し、対処策を考えていく必要があるでしょう。なお、この人間関係というものは、意外なことに上司が把握できないことが多いようです。上司の立場から見て職場の人間関係が良好のように見えて実はそうではないことは珍しくありません。つまり、人間関係の悪化という事態は、必ずしも自然と顕在化する問題であるとは限らないのです。部下からの情報や言動などから、人間関係の状況を意識的に観察して行く必要があるのだと思って下さい。そのためには、仕事の以外の会話を中心としたインフォーマル・コミュニケーションが有効です。インフォーマル・コミュニケーションの推進については、いずれ、コミュニケーションの欄に記載したいと思います。
4.職種別に見たモチベーション源泉
ここでは、モチベーション源泉に対する職種別の捉え方の違いを見てみます。結論から言うと、営業・渉外・販売・サービスにおいて他職種との違いが鮮明になっています。
「達成感」と「外部承認」は、全体としてそれぞれ1位と2位ですが、営業・渉外・販売・サービスにおいては逆転しており、「外部承認」は90%と突出しています。また、専門職(看護士、栄養士、保健師、消防士など)においても、80%と高い比率になっています。両職種とも外部接触の多い職種と考えられますので、外部からの評価を受ける機会が多いと共に、そもそも仕事の直接的な目的が顧客への役立ちであるため、「達成感」が「外部承認」によってもたらされると解釈できます。
「職場の人間関係」については反対に職場内関係が他職種よりも限られることから、営業・渉外・販売・サービスではあまり気にせずに済んでいるようです。外部接触が多い職種の人は、職場内の不満を口にする機会が少ないものです。
「社会貢献感」について見ると、営業・渉外・販売・サービスの場合、他職種よりもかなり低くなっています。これは、社会全体という大きな視点よりも、身近にいる顧客からの感謝の方が実感しやすいことの表れでしょう。むしろ、「社会貢献感」については技術職と専門職において高くなっています。専門職も含めて技術職においては、社会の安定や発展に対して自分のスキルが役立つことの喜びが大きいと思われます。
「組織業績」、「昇給」、「昇進」は全体的に下位の要素ですが、営業・渉外・販売・サービスに限ってみると他職種よりも関心が高いことが興味深いところです。「組織業績」については、営業・渉外・販売・サービスの場合、自らの直接的な貢献の結果として見ることができると考えられます。営業・渉外職においては、他職種に比べ精力的に仕事をこなすタイプの人が多く、達成欲求や支配欲求の強さが「昇給」、「昇進」に対する関心の高さに結びついていると解釈できます。一般的に、金銭報酬や地位による動機づけは効果が限定的であるとは言え、こと営業職においてはある程度機能しそうです。また、「昇進」への関心の高さは、特に営業職において折衝における一定の地位的優越性(ないしは地位的劣位の回避)を求めるという背景があるのかもしれません。
「成長感」が事務職において若干低めであることが気になります。事務的な仕事はルーチン化してしまうことがあるため、ともすれば仕事がマンネリに陥りやすくなることが背景として考えられます。事務職においても毎年なんらかの改善目標を掲げるなど、向上心を維持することを意識する必要があると思います。No.2-4 「業務割当において留意すべき事 ~常にハードルを上げる」も合わせてご覧下さい。
調査の概要
■調査の概要
調査期間:2011年3月~同11月
調査方法:研修受講者に対して書面での回答を依頼
サンプル数:1151名
男性の割合88%
事務職47%
技術職29%
営業・渉外・販売・サービス13%
専門職8%
その他の職種2%
20代 8%
30代 27%
40代 34%
50代以上 31%
(初回掲載 2012/5/7)